支え合い
2025年1月6日
僕たちは人間は、一人では生きてはいけない。誰かに助けてもらい、支えられている。また誰かを助けて、支えているからこそ生きていける。それはいつも側にいて何かしてもらうことや手を貸すことではなくて、心の中に持つ感覚だと考える。絆とも言える。自分は一人ではない、困難なときには誰かが助けてくれたり、応援してくれているのである。そしてそれが辛いことや苦しいことに直面しても、なんとか乗り越えられる強さになる。ストレスを感じにくくもなるかもしれない。しかしそれは他人の顔色を伺って生きてしまう人、誰かに依存してしまう人には欠如している感覚であろう。生きているだけで僕たちは必ず誰かの役に立ち、誰かを支えていることも忘れてはいけない。決してその姿が見えていなくても、支え合って生きているのだ。そう思えることこそが人生を幸せにするのだ。今年もよろしくお願いします。写真は今年の発会式です。
偽りの愛
2024年12月28日
「せっかくあなたのために作ったのに…」、「あなたのために私がどれほど…」と。これをしばしば言う人は、愛を押し付けたいだけ。相手から愛が欲しいだけ。見返りを求めているだけ。だから「あなたのために…」と言っている人には操作されなくていい。「人の為」と書いて「偽り(いつわり)」。もし押し付けている自分に気付けたら、自分を愛してあげることから始めなくては。
嫁の出戻り
2024年12月12日
責任転嫁。何か自分に不都合なことが起こると、それを他人のせいにすることは、その場を楽にする。子供が問題を抱えたら妻のせいにする夫、離婚したのは配偶者が悪いという人、自分の人生が上手く行かないのは親のせいなどなど。他人のせいにするのは、自分が行動できなかったからである。父親としての子供への関わり、夫婦としてのパートナーシップ、親がどうであれ自分の人生である。あらゆることは誰のせいでもなく、自分の生き方の捉え方である。つまり自分に必ず責任はある。責任転嫁していれば、後から苦しくなるのが人生である。今苦しんでいるのはあのときの責任転嫁のせいかもしれない。
地獄へ落ちるよ
2024年12月5日
「そんなことしたら地獄へ落ちるよ」と子供の頃クラスメートから言われた日は、7歳の僕の誕生日だったと思う。そんな僕が少し嘘をついたのか、小学校の決まりごとを破ったのかはよく憶えていないが、地獄についてはその後の人生で幾度となく想像してきた。炎に包まれ、食べ物や着る物もなく、人々は殺し合う。しかも鬼に支配されて、永遠に肉体労働が待っているのだ。そんな地獄には愛や感謝、優しさや親切は決して生まれないだろう。一方で現世においては恨みや憎しみ、妬みに囚われたり、孤独感や罪悪感で満たされたり、怒りに支配されかねない。だから自分が生きることに感謝さえ出来ずに愛を忘れて、優しさや親切を感じることができなくなる。まさにそんな現世ならば、いわば地獄である。地獄は人の心が生み出すものだと、やっと大人になって分かってきた。地獄へ落ちない生き方をしたいと、あの日からずっと思っている。
反省と自責
2024年11月29日
反省は大切だ。生きていく上で、次にどうしたらもっと上手く行くかを考えることで、たとえ困難や逆境に合っても前を向けるからだ。一方で自責、つまり上手く行かないのは自分が悪いからだ、と自分を責めていれば前を向く力は奪われる。また自責傾向の強い人は他責、つまり他人のせいにもするものだ。何かトラブルが起きたときに、誰かのせいにしても、結局生きるエネルギーを奪われるだけである。トラブルを自分の教師とできる人にこそ、成長に値すると信じている。