恩を着せる
2025年2月7日
「あなたのために私がやってあげるわ!」、「誰のおかげで生活できると思ってるんだ!」、「俺が旅行に連れていってやる!」と子供や配偶者に言っている人がいる。この人は自分が善意や愛の仮面を被って、見返りに感謝や従順を求めているのだ。親に恩を着せ続けられ育った子供は、大人になったときに自己肯定感は無くなり、他人の悪意なきミスを憎み、誰かの一言やふとした態度でキレるようになるかもしれない。また恩着せがましいパートナーとの生活で、きっとそこには癒しが無くなるだろう。恩着せがましい人には、心の距離を置いてもいいのだ。もし自分が恩着せがましいかもと気づけたなら、相手にやってあげたいことをやるだけでよい。そして、子供やパートナーにそれをやらせてもらっていること自体に感謝しよう。いくら寒波が来てるからって恩を着せてはいけないのだ。
繋がり
2025年1月31日
人と人は、いろんな繋がりがある。家族とは必ずあるのは法律的な繋がり、学校や仕事は社会的な繋がり、経営者や顧客と言った経済的な繋がり、今の時代はSNS的にも繋がっている。一人では生きていけないわれわれは、誰かと繋がって生きている。しかし大家族だったり、お客さんや取引先が多かったり、フォロワーが多かったりすることがわれわれの幸せとは直結しない。自分以外の他人と、どれだけ心の繋がりを持てるかどうかが肝要である。どんな繋がりだって、心の繋がりには勝てない。夫婦だって、親子だって、職場だって、患者さんだって、心の繋がりさえあれば幸せだ。それはお互いがそれぞれの立場や状況を理解し合えれば、きっと繋がれるに違いない。
痛み
2025年1月23日
普段の診療で患者さんの訴えとして多いのは痛みである。頭から足の裏まで痛みは誰しもが経験したことのある症状である。医師は痛みの原因を問診、診察、検査で診断する。そして治療方針を決める。また痛み止めを処方することもあるし、処方しないこともある。痛みとは原因が分かるだけで楽になることが多いからである。痛みを受け入れられるからである。心の痛みだってそうだ。どうして心が痛むのかの原因が分かれば、その痛みも受け入れられるに違いない。
寂しくて
2025年1月15日
寂しいと言いながら愛を求める。その場の寂しい気持ちは誰かからの言葉や行動で、一時的には満たされるかもしれない。しかしまた時間が経てば不満となり、寂しさを感じる。愛されたいと願う。近くの誰かをコントロールしてまで愛されたがる。そしてそれを繰り返す。人は愛されて満たされることは一時的である。ときには愛されたい人を攻撃すらする。受け身で愛を求めている以上、欠乏感で苦しみ続ける。僕たちは愛されることではなく、愛することで満たされる。きっと寂しくはなくなる。誰かを思い行動することが愛である。
支え合い
2025年1月6日
僕たちは人間は、一人では生きてはいけない。誰かに助けてもらい、支えられている。また誰かを助けて、支えているからこそ生きていける。それはいつも側にいて何かしてもらうことや手を貸すことではなくて、心の中に持つ感覚だと考える。絆とも言える。自分は一人ではない、困難なときには誰かが助けてくれたり、応援してくれているのである。そしてそれが辛いことや苦しいことに直面しても、なんとか乗り越えられる強さになる。ストレスを感じにくくもなるかもしれない。しかしそれは他人の顔色を伺って生きてしまう人、誰かに依存してしまう人には欠如している感覚であろう。生きているだけで僕たちは必ず誰かの役に立ち、誰かを支えていることも忘れてはいけない。決してその姿が見えていなくても、支え合って生きているのだ。そう思えることこそが人生を幸せにするのだ。今年もよろしくお願いします。写真は今年の発会式です。