俯瞰する
2025年4月1日
ここぞの集中力や目標に進み、努力することは幼い頃から養ってきた。それには一点を見つめ、思いを込めて行動してきたつもりだ。しかしそのことで、失敗を落ち込みに変えたり、他人とすれ違ったり、自分で自分を追い詰めたりしてきたこともある。そんなときには、なるべく視点を変えようとしてきたのも事実だ。距離的には遠く、時間的には長く、空間的には広く物事を見つめる。そうすればいろんな景色が見える。つまり俯瞰するのだ。自分を客観視しながら、失敗を成功の母に変えたり、他人と気持ちが分かり合えたり、悩みを取るに足らないものにできるのだ。自分以外の人たちに対しても、俯瞰したら見えてくるものがたくさんある。愛や親切だって、相互理解だって気づける。俯瞰する力は自分を幸せにする力と信じている。もちろん年を取ってもつく力であることも間違いなさそうだ。
言ってはいけないこと
2025年3月25日
僕が医師として大切にしているものは言葉である。それが一生心に残るような言葉になるかもしれない。それを言って何年も経ってから、すっかり忘れていた自分の言葉に感謝をもらうことがしばしばある。言う言葉で人間関係は深まり、勇気や癒しをもらえる。また自分自身も沢山の言葉に助けられてきた。しかし誰かの言葉で傷ついたことも誰もがあるであろう。また言ってはいけないことを言うことで人間関係は壊れる。イライラして暴言を吐けば、どんな関係だって破滅に繋がる。また自分がはしゃいでハイテンションなときに、何気なく発した言葉が他人を傷つけることもある。親子、夫婦であってももちろんである。子供は傷つき、後の人生を狂わせるかもしれない。あれだけ愛し合った2人も、言ってはいけないことを言われた方は心が離れてしまう。言ってはいけないことを言わないことが、親としては子育てに肝要であるし、夫婦円満のコツであろう。そしてそれは人間としての成長の一つであり、豊かな人間関係を作る大切な要素であると考える。
インクレディブル
2025年3月17日
さいたまマラソンに参加してきた。寒い雨の日であったが、走ると暑くなってしまう僕にとっては好条件だと臨んだ。昔から慣れ親しんだ、さいたまの街の車道を思いっきり走れるのと、家族や職員をはじめ多くの声援をもらえるこの大会は今までの集大成だと思ってきた。前半は快調で自己ベストより速いタイムで気持ちよく走ることができた。しかし後半になるにつれ、右臀部の痛みが発生し、次第にその痛みに引き続き沢山の箇所が痛んだ。何とかゴールできたものの、自己ベストには及ばず少し悔しかった。しかし沢山の応援がもらえたのは力になったのは間違いない。しかも今回は雨の中、大好きな仮装までできた。ミスターインクレディブルというキャラクター。インクレディブルとは信頼できるという意味である。信頼というのは他人だけにするものではない。自分自身を信頼できることが肝要である。僕たちは自他ともに期待をしてしまう。それを結果として裏切ることも多くある。しかし結果を事実として、またあるがままの存在として、自ら受け入れられることが本当に信頼できるということではないだろうか?そんなことを考えて走ってきた。
自己ベスト
2025年3月5日
先日親友の故郷を訪ねがてら、いわきサンシャインマラソンを走ってきた。親友の両親をはじめ、いわきの人々が温かく歓待と応援してくれたためか4年振りに自己ベストタイムを更新できた。帰宅の途に着くときから自分が誇らしく、頼もしく思ったのと、コツコツと走ってきてよかったなぁと幸せな気持ちであった。僕のタイムはマラソンランナーからすれば平凡である。また順位だって真ん中くらいであろう。しかし走って感じた幸せはかけがえのないものである。誰かに勝とうが負けようが関係ない。比べ無くてもこんなに喜べる。誰かと比べていたらこんなに嬉しいものであろうか?スタートラインが違くたっていい。他人と比べたタイムや順位なんて喜びからしたら微々たるものである。人生においての価値だってそんなところにはない。自分がありのままに楽しみ、成長できることにこそ喜べるし、それだけで幸せである。またいつか出したいベストタイムのために今日も走りにいく。
イライラ戦争
2025年2月28日
不機嫌でイライラしている人は、必ず自分のその感情を誰かのせいにする。子供や配偶者、部下、手の遅い店員、公共のマナーに疎い人、そしてイライラした他人などなど。自分の勝手な被害者意識や、手放せない完璧主義のせいでイライラしていることには気づけない。自分の不安が原因だったり、疲れているだけかも知れないのに。イライラを自ら選び、誰かのせいにして攻撃して、周りに気を遣われながら生きていけば、気づいたら周りに人がいなくなっている。イライラして大声を上げる人が強いのではない、イライラしない人が強いのだ。ただしイラッとくることは誰にでもある。そこからイライラまでいかないようにするのが人間力である。イラッとしたときに、その原因を考えてみればよい。誰かの反応に期待してなかったか?忙しくなかったか?想定外を想定内に落とし込めればイライラまでは回避できよう。イライラ戦争には大いに反対である。